本とパズルのブログ

人生は一冊の本である。人生は一つのパズルである。

1Q84

1Q84』(村上春樹) <新潮文庫> 読了です。

まず初めに、章名について。

例えば、「BOOK1 前編」の第1章は目次では次のように書かれています。
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第1章(青豆)見かけにだまされないように
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さて、章名は
「(青豆)見かけにだまされないように」
でしょうか、
「(青豆)」
でしょうか、
「見かけにだまされないように」
でしょうか。

実は、新潮文庫では左ページの上部に章名が書かれます。
つまり、章名は
「(青豆)」
なんです。
そのように見ると、『1Q84』という作品は「(青豆)」と「(天吾)」を交互に並べられて作られていることになります。
その構造はこの作品を実にうまく表現していると思います。
そして、その構造を知っておくと、「BOOK3」で驚くものを眼にするでしょう。

「見かけにだまされないように」というのは副章名ということになります。
村上春樹は、タイトルと書き出しだけ決めて作品を書き始める、と聞いたことがありますが、もしかするとこの作品では、章についてもそうかもしれませんね。
なかなか難しい作業ですしおそらくは違うとは思いますが、そんなことを想像しながら読んでみるのもなかなか楽しいです。

作品を読んでいると、社会的な問題について書かれていることに驚きました。
これまでの村上作品では、あくまでも個人的な問題を書いてきたので。
そのため、最初は実験的な作品なのかな、と思いました。

しかし読み進めていくにつれ、だんだん個人的なものへと扱う問題が移っていきます。
村上春樹の実際の意図はわかりませんが、最初は社会的なものを扱おうとしたけれど、筆を進めていくと、やはり興味は個人の中にあった、という風に読めました。
作品全体として前半と後半の間にちぐはぐな印象を受けるのは、新しい分野を開拓しようとしたけれどうまくいかなかった、あるいは書きたいものはそこにはなかった、ということを表しているように思えました。

それでも、二人の問題を同時に扱おうとしたのは新しい手法だと思います。
私はそこは成功していると思ったのですが、いかがでしょうか。

「ヘックラー&コッホ HK4」が登場してから急に物語がぐっと引き締まり、面白くなった感じがします。
まさに、確かな手ごたえが感じられる、といったところでしょうか。

小学生のころに初恋を経験した方にはたまらない作品だと思います。
恥ずかしながら私も、たびたび小学一年生のときのことが頭に浮かび、何とも言えないせつない気持ちに襲われました。

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