本とパズルのブログ

人生は一冊の本である。人生は一つのパズルである。

六号病棟・退屈な話

『六号病棟・退屈な話』(チェーホフ / 松下裕訳)<岩波文庫> 読了。

ずっと前にナボコフの『文学講義』を読んだとき、ナボコフが読書に求めているものが私とそっくりなことを嬉しく思った。
その『文学講義』の中でとりわけチェーホフを称賛していたので、ずっと読むことを楽しみにしていた。
それからずいぶん時間がかかったが、ようやく読み始め、読み終えることができた。

短編四編、中編三編の小説集。

最初に掲載されている「脱走者」で「なるほど、チェーホフを読んで良かった!」と思えた。
大きな事件が起こるわけではないが、情景と出来事がまるで見ているかのように生き生きと描写されている。
これぞナボコフが褒め、私が求めているものだ、と思った。

「六号病棟」「退屈な話」も同様。中編だが、大きな事件が起こるわけではない。
ちょっとした出来事の積み重ねが丹念に描かれ、運命的な結末までごく自然に受け入れられる。
情景描写も見事だし、心情描写も見事だと思う。

特に「退屈な話」はタイトルこそ退屈と言っているが、とんでもない!
チェーホフの代表作といってもいいんじゃないかとすら思える。
もちろん、この小説集が初めてのチェーホフなので、とても断言はできないけども。
チェーホフはこれを29歳で書いてしまったらしい。
本当に、才能というものはあるところにあるものだと思う。

実は、上に挙げた三篇は本当に素晴らしいと思ったが、その他の作品はあまり私にはおもしろいと思えなかった。
チェーホフの真髄である描写力にはまったく遜色はないが、そうは言ってもやはり内容だろうか。
こうなるともう読者の好みとしか言いようがない。

訳者による解説は、作品でチェーホフが取り上げたかったというテーマ性について書かれている。
私は作品にテーマ性を求めていないので何とも言えないが、まあ専門家が言うのであればきっとそうなのだろう。

 

【収録】

 脱走者

 チフス

 アニュータ

 敵

 黒衣の僧

 六号病棟

 退屈な話