去年の冬、きみと別れ
『去年の冬、きみと別れ』(中村文則) <幻冬舎文庫> 読了です。
作品中でもたびたび言及されている、芥川龍之介の『地獄変』にインスパイアされた作品だと思います。
この作品も『地獄変』と同様、「死」と「美」をテーマに始まりますが、次第に狂気を帯びていきます。
私の趣味としては、このまま「死」と「美」と「狂気」を推し進めてもらえれば最高でしたが、突然「解き明かし」が始まります。
中村文則はミステリを書きたかったのでしょう。
私とは好む方向性が違ってしまったのが、一読者としてはちょっと残念でした。
でも、これはこれで十分楽しめる作品ではあります。
『地獄変』ともう一つ、作品中にカポーティの『冷血』がたびたび登場します。
こちらは未読なので、ぜひ読んでみたいと思いました。
内容にはミステリ要素とは別に、ところどころひっかかるところがあります。
意識して書いているのかもしれませんが、ひっかかりは無くして欲しいなあ、と思いました。
まだまだ若い作家なので、これからぜひ研鑽していただきたいところです。
江戸川乱歩全集第2巻 パノラマ島奇譚
『江戸川乱歩全集第2巻 パノラマ島奇譚』(江戸川乱歩)<光文社文庫>
読了です。
新聞や雑誌の連作小説ということもあり、収録されたどの作品も全体的な構成は考えずに書き始められ、書きながら筋を作っていく、という方法で作られているそうです。
「闇に蠢く」はなかなか筋が決まらず苦心したとみえ、本当に支離滅裂な作品に仕上がってしまいましたが、「湖畔亭事件」「パノラマ島奇譚」「一寸法師」は全体も整っていますし、ストーリーも面白く、全体を考えずに書かれているとは思えない完成度だと思いました。
解説で新保博久は
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乱歩作品につきまとうアブノーマルもグロテスク趣味のイメージも装飾であって、本質ではない。
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と書いていますが、そうなんでしょうか。
私は「アブノーマル」や「グロテスク」が本質で、ミステリ要素が装飾だと思ってました。 :-)
「湖畔亭事件」の語り手の趣味、「パノラマ島奇譚」の千代子と廣介との花火のシーンおよびラストの花火のシーン、「一寸法師」の冒頭の浅草のシーンや夜更けの人形師宅での解き明かし、そういうところに江戸川乱歩の面白さがあるんじゃないのかな、と思います。
明智小五郎が「イヤな男」というのは同意です。
本当にクセのある探偵ですよね。 :-)
<収録>
闇に蠢く
湖畔亭事件
空気男
パノラマ島綺譚
一寸法師
ジャン・クリストフ
『ジャン・クリストフ』[全四冊] (ロマン・ローラン/豊島与志雄訳) <岩波文庫> 読了です。
ドイツの小都市に生まれた音楽家ジャン・クリストフ・クラフトの、生誕から死去に至る文字通り一生を描いた作品です。
全四冊、二千数百ページを要した長大な作品です。
クリストフの成長譚、と括ってしまうにはあまりに濃密な内容でした。
私は「読書は趣味でしかない」とこれまで考えてきましたが、この作品を読むと、単なる趣味では済まされないような気がしてきます。
この作品を読み切るためには、相当な読書力を求められるでしょう。(手前味噌ですみません)
正直なところ、あの『失われた時を求めて』よりも手強かったです。
「我こそは!」と思われる方がおられたら、ぜひ挑戦していただきたいです。
去年の十二月半ば、2016年から2017年への年越本にこの作品を選んで、読み終えるのに三か月半かかりました。
ずっとクリストフと付き合っていると、彼との別れが寂しく感じられます。
自分をクリストフに投影していましたし、クリストフからもいろんな影響を受けました。
特に、クリストフが少年期に叔父からかけられた言葉、老年期で至った境地、は、私の人生の指針となりそうです。
あと、これは蛇足ですが、BLの要素も含んでいます。
そういうのがお好きであれば、第一冊 P226から始まるオットーとの出会い、第三冊 P145から始まるオリヴィエとの交流を、つまんでみても面白いかな、と思います。 :-)
「ユリシーズ」演義
『「ユリシーズ」演義』(川口喬一) <研究社出版> 読了です。
二十世紀を代表する長編小説、『ユリシーズ』の解説本です。
『ユリシーズ』の背景や存在意義などを解説したものではなく、『ユリシーズ』に何が書かれているのか、それがどのような効果を持っているのか、といった、純粋にテキストに沿った解説本ですので、初めて『ユリシーズ』を読む方にはいい入門書になりますし、『ユリシーズ』に親しんでいる方には今まで見えていなかったものを見せてくれる、非常に奇特な作品になっていると思います。
この作品を読むと、『ユリシーズ』がいかに緻密に作られているか、いかに謎に満ちているか、が非常によく分かります。
『ユリシーズ』の楽しみがどんどん増えてくるような気がします。
文学史上の有名な謎の一つ、「雨合羽(マッキントシュ)の男とは誰か?」についても、著者のスタンスから一つの見解が示されています。
ご興味ある方はぜひ!
森鴎外全集1
『森鴎外全集1』(森鴎外) <ちくま文庫> 読了です。
いきなり文語体で、「これは読み終わるのに時間がかかるなあ」と覚悟したのですが、「半日」から口語体になり、一気に読み進めることができました。
ドイツ三部作では「舞姫」が有名だと思いますが、私は「文づかひ」が好みです。
いろいろと謎が残っているところがいいですね。
森鴎外というと何だか堅苦しいイメージがありましたが、意外に読み易く、「朝寐」や「有楽門」、「懇親会」といったようなユーモア作品も多くあります。
でも、そんな中でも何か考えさせるものがあります。
「鶏」から俄然面白くなってきました。
# 他の作品がつまらない、という訳ではありません。
# どれも佳作だと思いますが、その中でも、ということです。
これから読み進めていくのがとても楽しみです。
【収録作品】