森鴎外全集2
『森鴎外全集2』(森鴎外) <ちくま文庫> 読了です。
小品ですが、「電車の窓」「里芋の芽と不動の目」「桟橋」「花子」「あそび」「身上話」のような作品が私には好みです。
文壇を攻撃する「杯」「ル・パルナス・アンビュラン」等の作品は、ちょっとあからさま過ぎて、なかなかうけがうことが難しいように感じました。こういうのを読むと、森鴎外は頑固で激しい人だったんだな、と思ってしまいます。
長編「青年」が収録されています。
これはなかなかの傑作で、とても面白く読むことができました。
森鴎外といえば「舞姫」だとか「山椒大夫」だとか「高瀬舟」だとかがすぐ出てきますが、「青年」も代表作と言っていいのではないでしょうか。
解説では「必ずしも評判がよいとはいえない作品」と書かれていますが、私には、「もし森鴎外が「青年」しか残さなかったとしても、文学史上に名を遺すことになったのではないだろうか」とすら思えました。
もし森鴎外の諸作品が好きなでもまだこれを読まれていない方がおられたら、ぜひ一読をおすすめしたいです。
【収録作品】
独身
牛鍋
電車の窓
杯
木精
里芋の芽と不動の目
桟橋
普請中
ル・パルナス・アンビュラン
花子
あそび
沈黙の塔
身上話
食堂
青年
1Q84
『1Q84』(村上春樹) <新潮文庫> 読了です。
まず初めに、章名について。
例えば、「BOOK1 前編」の第1章は目次では次のように書かれています。
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第1章(青豆)見かけにだまされないように
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さて、章名は
「(青豆)見かけにだまされないように」
でしょうか、
「(青豆)」
でしょうか、
「見かけにだまされないように」
でしょうか。
実は、新潮文庫では左ページの上部に章名が書かれます。
つまり、章名は
「(青豆)」
なんです。
そのように見ると、『1Q84』という作品は「(青豆)」と「(天吾)」を交互に並べられて作られていることになります。
その構造はこの作品を実にうまく表現していると思います。
そして、その構造を知っておくと、「BOOK3」で驚くものを眼にするでしょう。
「見かけにだまされないように」というのは副章名ということになります。
村上春樹は、タイトルと書き出しだけ決めて作品を書き始める、と聞いたことがありますが、もしかするとこの作品では、章についてもそうかもしれませんね。
なかなか難しい作業ですしおそらくは違うとは思いますが、そんなことを想像しながら読んでみるのもなかなか楽しいです。
作品を読んでいると、社会的な問題について書かれていることに驚きました。
これまでの村上作品では、あくまでも個人的な問題を書いてきたので。
そのため、最初は実験的な作品なのかな、と思いました。
しかし読み進めていくにつれ、だんだん個人的なものへと扱う問題が移っていきます。
村上春樹の実際の意図はわかりませんが、最初は社会的なものを扱おうとしたけれど、筆を進めていくと、やはり興味は個人の中にあった、という風に読めました。
作品全体として前半と後半の間にちぐはぐな印象を受けるのは、新しい分野を開拓しようとしたけれどうまくいかなかった、あるいは書きたいものはそこにはなかった、ということを表しているように思えました。
それでも、二人の問題を同時に扱おうとしたのは新しい手法だと思います。
私はそこは成功していると思ったのですが、いかがでしょうか。
「ヘックラー&コッホ HK4」が登場してから急に物語がぐっと引き締まり、面白くなった感じがします。
まさに、確かな手ごたえが感じられる、といったところでしょうか。
小学生のころに初恋を経験した方にはたまらない作品だと思います。
恥ずかしながら私も、たびたび小学一年生のときのことが頭に浮かび、何とも言えないせつない気持ちに襲われました。
去年の冬、きみと別れ
『去年の冬、きみと別れ』(中村文則) <幻冬舎文庫> 読了です。
作品中でもたびたび言及されている、芥川龍之介の『地獄変』にインスパイアされた作品だと思います。
この作品も『地獄変』と同様、「死」と「美」をテーマに始まりますが、次第に狂気を帯びていきます。
私の趣味としては、このまま「死」と「美」と「狂気」を推し進めてもらえれば最高でしたが、突然「解き明かし」が始まります。
中村文則はミステリを書きたかったのでしょう。
私とは好む方向性が違ってしまったのが、一読者としてはちょっと残念でした。
でも、これはこれで十分楽しめる作品ではあります。
『地獄変』ともう一つ、作品中にカポーティの『冷血』がたびたび登場します。
こちらは未読なので、ぜひ読んでみたいと思いました。
内容にはミステリ要素とは別に、ところどころひっかかるところがあります。
意識して書いているのかもしれませんが、ひっかかりは無くして欲しいなあ、と思いました。
まだまだ若い作家なので、これからぜひ研鑽していただきたいところです。
江戸川乱歩全集第2巻 パノラマ島奇譚
『江戸川乱歩全集第2巻 パノラマ島奇譚』(江戸川乱歩)<光文社文庫>
読了です。
新聞や雑誌の連作小説ということもあり、収録されたどの作品も全体的な構成は考えずに書き始められ、書きながら筋を作っていく、という方法で作られているそうです。
「闇に蠢く」はなかなか筋が決まらず苦心したとみえ、本当に支離滅裂な作品に仕上がってしまいましたが、「湖畔亭事件」「パノラマ島奇譚」「一寸法師」は全体も整っていますし、ストーリーも面白く、全体を考えずに書かれているとは思えない完成度だと思いました。
解説で新保博久は
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乱歩作品につきまとうアブノーマルもグロテスク趣味のイメージも装飾であって、本質ではない。
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と書いていますが、そうなんでしょうか。
私は「アブノーマル」や「グロテスク」が本質で、ミステリ要素が装飾だと思ってました。 :-)
「湖畔亭事件」の語り手の趣味、「パノラマ島奇譚」の千代子と廣介との花火のシーンおよびラストの花火のシーン、「一寸法師」の冒頭の浅草のシーンや夜更けの人形師宅での解き明かし、そういうところに江戸川乱歩の面白さがあるんじゃないのかな、と思います。
明智小五郎が「イヤな男」というのは同意です。
本当にクセのある探偵ですよね。 :-)
<収録>
闇に蠢く
湖畔亭事件
空気男
パノラマ島綺譚
一寸法師
ジャン・クリストフ
『ジャン・クリストフ』[全四冊] (ロマン・ローラン/豊島与志雄訳) <岩波文庫> 読了です。
ドイツの小都市に生まれた音楽家ジャン・クリストフ・クラフトの、生誕から死去に至る文字通り一生を描いた作品です。
全四冊、二千数百ページを要した長大な作品です。
クリストフの成長譚、と括ってしまうにはあまりに濃密な内容でした。
私は「読書は趣味でしかない」とこれまで考えてきましたが、この作品を読むと、単なる趣味では済まされないような気がしてきます。
この作品を読み切るためには、相当な読書力を求められるでしょう。(手前味噌ですみません)
正直なところ、あの『失われた時を求めて』よりも手強かったです。
「我こそは!」と思われる方がおられたら、ぜひ挑戦していただきたいです。
去年の十二月半ば、2016年から2017年への年越本にこの作品を選んで、読み終えるのに三か月半かかりました。
ずっとクリストフと付き合っていると、彼との別れが寂しく感じられます。
自分をクリストフに投影していましたし、クリストフからもいろんな影響を受けました。
特に、クリストフが少年期に叔父からかけられた言葉、老年期で至った境地、は、私の人生の指針となりそうです。
あと、これは蛇足ですが、BLの要素も含んでいます。
そういうのがお好きであれば、第一冊 P226から始まるオットーとの出会い、第三冊 P145から始まるオリヴィエとの交流を、つまんでみても面白いかな、と思います。 :-)